神社と日本酒

聖地巡盃コラム 第五講

松尾大社に聞く【後編】 -全国の酒蔵から信仰を集める理由とは?-

松尾大社に聞く -全国の酒蔵から信仰を集める理由とは?-

松尾大社さんにお話を伺う、その後編。そして、5回連載コラムも一区切りとなります。 今回は、全国で約900のお蔵さんがお札を受けておられるという松尾大社さんと酒造りに関して。


お酒の神様はいくつかありますが、なぜ、松尾大社さんが多くの人に信仰されたのでしょうか。

「お酒の神様と言えば、奈良の三輪さん(大神神社)、瀬戸内海の愛媛県大三島に大山祇神社さん、島根県の佐香神社さん、京都でも梅宮大社さんなど、各地にいろいろありますね。

そもそも松尾大社は、5世紀頃に渡来した秦一族が、大和国を経て山城国と呼ばれたこの地に5世紀末頃に移り住み、元々松尾山に祀られていた神様を一族の総氏神としたんです。土木技術に長けた一族がこの一帯を開拓し、農業などを発展させた。その技術と富が平安京遷都にもつながります。

「亀の井」亀が見守る湧き水が酒を守るやがて、鎌倉・室町時代頃から各地区の中心となる地域に人が集まるようになり、いわゆる都市ができあがっていきます。その中でも室町幕府の都だった京都には特にたくさんの、様々な人が集まる。そして、商売も活気づくわけです。

そこで、秦一族を始め、人々は、この地を訪れる人たちを相手に商売をはじめた。その中には酒屋もありました。そして、都の酒はおいしいと評判になる。秦一族がおいしいお酒を造っているのは松尾さんという神様のおかげ、『お酒の神様=松尾さん』ということになったんです。

これが、江戸時代に入ると、人の行き来がさらに頻繁になり、京都や大和(奈良)、今の大阪といった関西のお酒がおいしいと、江戸へ輸出されていくようになる。その酒を『下り酒』と呼んだわけですけれど、背景には低温殺菌の技術が関西で確立されていたため劣化せずに届けることができたということ、そして、樽回船とか北前船といった、日本を1周して貿易する環境が整っていたことも後押ししました。

都に人や技術が集まるためか、近畿のお酒の中でも京都・伏見の酒の評判が良かったんですね。おいしいのは、伏見の蔵が氏神さまとしている松尾の神様のおかげだろうと、お酒と一緒に松尾さんへの信仰がどんどん広まって、全国区になっていくわけです。そして、各地に松尾神社の分社が置かれるようになる。江戸中期頃には、全国的に『酒造りの神様=松尾さん』ということが定着していたようです」

全国からお酒の関係者やファンも集まるでしょうから、詣でる人たちにアドバイスを何かありましたら。

楼門「全国からの酒樽や『お酒の資料館』もあります。……、そして、『亀の井』という井戸があります。ここで汲んだ水を仕込み水に入れると、酒が腐りにくくなるという言い伝えがあったんです。そうやって神頼みをしなければならないほど、お酒は生きもので腐りやすいものだったんですね。お酒を造っている時に雑菌が入ることもそうですし、できた後で腐ってしまうことも。それで1年分がダメになってしまう危険性だってあったかもしれない。低温殺菌方法がこれだけ広まった今でも、火落ち菌(酒を劣化させる菌)はありますから」

西村さんご自身、その残念なお酒を買ってしまった経験がおありで、神頼みする気持ちが、とてもよく理解できるそうです。

ちなみに、大手の酒造会社など、節目節目に幹部揃って参拝されるところも少なくないそうですし、それとは別に杜氏さんもみえるとのこと。大きな心の支えになっているんですね。

それでは、お酒の神様には、どんな神事、お祭りがあるのでしょうか。

前回、タイトル部分を飾った写真について、敢えて伏せてみたのですが、「なんだろう」と思われた方、「お、これは」と思われた方、いらっしゃったかと思います。

実はこれ、お酒造りの大事なお祭り、毎年11月の上の卯の日に行われる醸造祈願祭「上卯祭」で、「茂山社中」によって奉納される奉納舞の演目「福の神」でした。この演目の中で、松尾の神さまは全国の酒奉行として紹介されているのだそうです。

そして、今回のタイトル部分は、江戸時代に造られた「備中神楽」。スサノオノミコトがオロチを退治する為に強い酒を造る際、松尾の神(中央の赤い衣装)を招いて酒造りを依頼するというお話なのですが、観客をなごませる滑稽な設定になっているのだそうです。

「お酒造りに関する神社の行事では、大きく2つあります。酒造りをはじめるためのお祭りである『上卯(じょうう)祭』と、『中酉(ちゅうゆう)祭』です。これは、11月の上の卯の日からお酒造りを始めて、4月の中の酉の日で終わる、という習慣があるためです。

ただし、前回お伝えしたように、かつてお酒はお祭りに合わせて随時造っていたため、年間5~6回造っていたものです。寒造りをするようになったのは江戸時代の中期頃から。

鳥居稲を刈り取って最初に造る酒(前年の古米で造る、という説もあり)が新酒(しんしゅ)、次に造る酒が間酒(あいざけ/あいしゅ)、寒くなる前に造るのが寒前酒(かんまえざけ)、そして寒酒(かんざけ/かんしゅ、これが寒造り)、続いて春前酒(はるまえざけ)、そして春酒(はるざけ)、とそれぞれ名前がついていたんです。

ところが、江戸時代中頃になって、気温の低い冬に低温でじっくり仕込んだ酒がおいしい、ということになりました。加えて、低温殺菌の方法も行き渡り始めます。そこで、一番おいしく造れる時期にまとめて仕込んだお酒を保存しておくようになったのです。それから、冬場に造るという方法に切り替わっていくわけです」

最後に、松尾大社さんのシンボル、亀と鯉について、伺ってみました。

「山城や丹波を開拓された松尾の神は、時々地域を見て回られたのですが、その際桂川の流れの速い所は鯉の背に乗って、流れの穏やかな所は亀の背に乗って回られたとの言い伝えから、松尾大社は亀と鯉が神様のお使いなんです」

地元に根ざした神社ならではの逸話です。そして、この川を伝って運ばれてきたであろうお酒も神社と共に、地元に根ざしたものである理由も良く分かりました。そんな歴史を脈々と伝えながら、神様と共に、酒蔵と、お酒を愛するファンの為に祈り、おいしいお酒を届けてくださいます。

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